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女子プロサッカー選手が引退後も充実した人生を送るための体制づくりに関する提言をまとめた論文を、筑波大学の佐藤貴弘教授らの研究チームが発表した。研究には、なでしこジャパンの主力選手として2011年のワールドカップ優勝に貢献し、現在は選手と筑波大学助教の二刀流をこなす安藤梢氏も参加。2年目を迎えた日本初の女子プロサッカーリーグ、WEリーグの選手に聞き取り調査を行った先行研究などに基づき、引退した選手が“燃え尽き症候群”にならず、より良いキャリアを築くための5つの提言を考案した。この研究に関する論文はデジタル領域を中心に学術論文を広く掲載する電子ジャーナル「Journal of Digital Life」(ジャーナル・オブ・デジタル・ライフ)で公開されている。
秋春制を採用する女子サッカー「2022-23 Yogibo WEリーグ」が10月22日に開幕し、全国各地で試合が行われている。WEリーグは昨年、なでしこリーグから参加したチームを含む11チームでスタート。これにともない、日本の女子サッカーをけん引してきたなでしこリーグはアマチュアのトップリーグに位置づけられることになった。
WEリーグはプロのリーグとして、チームの参入にあたりプロ契約選手が合計15人以上、最低年俸270万円などの基準を設けている。今年9月には、なでしこリーグ1部のセレッソ大阪堺レディースが参入することが決まり、次回の2023-24シーズンは12チームになる予定だという。
ただしWEリーグ発足の裏側には、華やかな表舞台から降りた元選手らのセカンドキャリアに対する懸念もある。研究チームが指摘するのは、アスリートのキャリアは、けがや加齢によるパフォーマンスの衰え、戦力外通告などで「選手として築いてきた役割やアイデンティティーが即座に、そして予期せずに」失われてしまうリスクだ。こうしたケースでは、経済的に不安定になるだけでなく、精神的にもダメージを受けてしまう恐れがあるという。
学術界では選手たちが引退後も充実した人生を送れるための研究も進んでいるが、女性アスリートを念頭に置いたものは稀だ。このため佐藤氏や安藤氏らは今年発表した先行研究で、6人の現役WEリーグ選手に対して、引退後に必要だと思う知識やスキル、サッカーに専念しようと決断したときにセカンドキャリアについて考えたかなどを聞き取り調査を実施。今回の提言は、これらの先行研究や、成人教育に関する理論「アンドラゴジー」に基づいて、考案された。
WEリーグの場合、プロとしてプレーしながら企業の事務員などとして働いて収入を得る「デュアルキャリア」の選手も多い。キャリア形成においても有利だとされ、選手たちも金銭的な安定を得るために有効だと考えている手段だ。ただ、両方の職場で「責任や期待、コーチ、チームメイト、上司からのプレッシャー」にさらされることが大きな負担になるという課題は残る。
一方、先行研究での聞き取りに応じたWEリーグの選手からは、セカンドキャリアを描くとき、アスリートとしての経験や専門知識を生かせるコーチなどの仕事を希望する声があがった。しかし選手としてキャリアを積みながらコーチになるためのスキルを身に着けることは時間的な制約が厳しい。研究チームは発足から間もないWEリーグは、選手の年齢や認知能力を考慮したセカンドキャリア研修を成功させる準備が整っていないのではないかと危惧する。
こうした状況を踏まえ、研究チームは今回の論文で、セカンドキャリア研修を有効活用するために重要とされる、アンドラゴジー理論から導かれた原則を、WEリーグに当てはめた提言を明らかにした。「選手がキャリアに関して持っている知識のレベルをチームが把握する」「選手が思い描く理想のキャリアと現実のギャップを分析し、選手たちのニーズにあったセカンドキャリア研修を企画する」「研修では選手たちの経験や現実的な見通しに即した課題を想定し、具体性のある内容とする」「選手の理想のセカンドキャリアに向けた成果を得られるよう研修を設計し、選手たちが学ぶ意欲を持てるようにする」「選手たちの学習後の成果に基づき、次回以降の研修の内容を修正する」の5つだ。
海外研究ではプロアスリートのキャリアには「スポーツのみに専念」「スポーツに軸足を置きつつ、別の仕事や学習と両立させる」「安定したデュアルキャリアの道筋を構築する」の3通りがあるとされる。しかし研究チームは現在の日本女子プロサッカー界ではこうした選択ができないとも強調し、WEリーグとチームはプロ選手の職能スキル向上やセカンドキャリア支援のために学習機会や研修を提供する必要があると訴えた。
筆者:野間健利(産経デジタル)
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2022年11月2日産経デジタルiza【From Digital Life】を転載しています